試練の着物アンサンブル

 一昔前、男性の着物、それもアンサンブルが流行したことがあります。母親が和裁の心得があるもので、すぐに新調してくれ、冬休みに帰省した実家で、たとう紙に包まれた着物と対面しました。渋さの中にも、どこか若者向けの色合いで、羽織の胸元のふさふさした紐が、どことなく品格を表しているようでした。さっそく、元旦の朝に、袖を通し、角帯を締めてもらって、羽織も着込んで、白いしつけ糸を切ってもらいました。母曰く「しつけ糸を切るのは、恋人か、お嫁さんだけどね。お母さんで我慢して」とのこと。昔は、愛する人のために、着物は、女性が手縫いをして、仕立てたもののようで、夜なべをして一針一針縫っていたという史実にびっくりしました。もちろん、仕立てた着物も売られていましたが、手縫いというのが、夢があっていい話だなあと心に残りました。
 さて、着付けをしてはもらったものの、まず、お正月の祝い膳に座るのが、一苦労です。あぐらをかきたいのですが、どうしても裾がはだけてトランクスが、限りなくまる見えに近くなる始末で、仕方なく正座にもどりました。ところが、不思議とその方が、形も決まり、不思議と楽なことを発見しました。とは言え、着物を汚さぬよう、袖を椀や皿に入れないようにと、細心の注意を払って食べるおせちのまどろっこしいこと、この上ありませんでした。それでも、これぞ日本のお正月の気分で、いつになく違った元旦の朝を迎えました。
 祝い膳も済み、近所の神社へ初詣に出かけたのが、間違いでした。上にコートも羽織って出かけたのですが、袖口から冷風が通り抜けるイメージの寒さです。下着を厚めに着てはいたものの、慣れない所からの風の進入に、縮み上がりました。それでも、外見上は、当時の流行の最先端、背筋を伸ばして、鈴も鳴らし、柏手の音も高らかに、寒さなど微塵も感じさせずに、今年の無病息災をお願いしました。家に何とかたどり着いて、いつもの服装にもどった時の幸せ感、母には悪いけど、こりごりでした。
 これから先、この着物を手放すことになった場合、出来れば極力着物高く売ることが出来たら良いなと。だって、私の宝物ですから、できれば高く売れた方がいいですよね。